これは凄い 前編

 ・・・<『中国人の正体』、p14~p19から抜粋開始>・・・

 「中国人は約束を守らない」の本当の理由

 「中国人は約束を守らない」というのは、日本だけでなく世界各国でも疑いの余地のない定説となっている。中国人と関わったことのある人間なら、誰でも1度や2度くらい、中国人による約束違反やビジネス上の背約などを経験したことがあるだろう。中国人同士であれば、なおさら約束・契約違反が日常茶飯事のように行われている。とにかく「約束を守らない」「契約を自分の都合で平気で破る」。これはまさに中国人の治らない「持病」である。
 とはいえ、約束・契約違反が「持病」の中国人も、約束や契約をそれなりには守っている。人間社会や市場経済はそもそもさまざまな約束事や契約の上に成り立つものだ。もし中国人が一切の約束や契約を守らないのであれば、中国社会そのものが存立し得ないし、中国でのビジネス自体が最初から成り立たなくなる。
 実際、13億人からなる中国社会はさまざまな「難病」を抱えながらも何とか存続している。巨大な中国市場で毎日のように膨大な量の取引が行われ、モノやサービスの売買が行われている。
 日中間のビジネスもそうだ。日本企業と取引のある中国企業が契約に基づいて商売しているからこそ、大量の中国製商品が日本に輸出・販売され、日本企業の対中国輸出も大きく伸びている。日本各地の100円ショップに中国製商品が溢れていることは、まさに中国国内の生産メーカーが日本企業との売買契約を履行している何よりの証拠だ。
 しかしながら、中国人は時々、約束や契約を平気で破ったりする。「中国人はいざとなると約束を守ってくれないのではないか」という心配は、決して杞憂(きゆう)ではない。そのことは、世界中の多くの人が経験からよく知っていることだろう。
 では、中国人は一体どういう場合に約束を守り、どういうときに約束を守らないのだろうか。
 実は、この問いの答えこそ中国人の本質に近づく大事な部分だ。結局、中国人にとって相手との約束や契約を守るべきかどうかは常に自分の基準で判断して決めている。つまり、自身が「守るべきだ」と判断すればきちんと約束を守り、逆に「守らなくてもいい」と判断すれば、平気で破る。
 中国人がときには約束を守り、ときには守らないという一見矛盾した行動をとるのは、こうした考えがあるからにほかならない。

 損得の判断がすべてを決める

 中国人が「約束を守るべきかどうか」を判断する基準は明快だ。たとえば日本の商社と取引し、日本市場に商品を輸出している中国企業(仮にA社とする)の場合を考えてみれば、わかりやすい。
 A社は日本に商品を輸出するために日本の商社と契約を結び、それを履行している。A社は当初「この契約を履行すれば儲かる」と判断して日本の商社との契約を結び、契約成立後もA社は契約を履行して日本への商品輸出を続けた。
 しかしある日突然、A社はこの契約を破って履行しなくなった。その原因は、中国ビジネスの現場での経験則からして、たいていこうである。
 何らかの状況の変化によって、中国企業のA社にとって契約履行が「儲かる商売」でなくなった。あるいは、別の日本の商社と契約を結べば儲けがもっと大きくなるとA社が判断したからだ。
 A社にとって契約履行の「利」がなくなったとき、あるいは「利」が少なくなったとき、中国企業のA社は何のためらいもなく契約を破棄する。このときの契約を平気で破る中国企業の冷酷さは堂に入ったものだ。
 中国人が「約束を守るべきかどうか」を判断する基準はまさに「利」なのである。「利がある」と判断すれば、中国人もきちんと約束や契約を守るが、逆に「利がない」と判断してしまえば、平気で約束や契約を破るのである。
 世界中の人たちを困惑させている中国人の背徳的行為には、中国人自身の冷徹な「利」という判断基準が前提としてあり、約束を守るも守らないも二の次なのである。
 彼らにとって「利」がすべてであり、すべての物事が「利があるかないか」の一点で判断されているのである。

 「利」で行動する中国人

 損得を判断基準にする中国人の行動原理は一事が万事。世界を困惑させる中国人の行動すべてがそれで説明がつく。たとえば2010年に開かれた上海万博の会場でも、「入場するのに列に並ぶ」という常識的なルールを屁とも思わずに、列の先頭に割り込もうとする中国人の姿が数多く目撃された。
 しかし一方で、万博の会場にいるすべての中国人がこのように行動していたわけではない。同じ上海万博の会場内で中国人が整然と列に並んで順番を待っている場面も多く見受けられた。要するに、前述の「約束」と同様、中国人が「ルール」を守るかどうかの判断基準は、自分たちにとっての「利」、すなわち「利益」や「利便」なのである。 とにかく、「利があるかどうか」というのが中国人の基本的な考え方だ。自分に有利な(利便性のある)ルールであれば守り、不利なルールであれば守らない。自分が、一番賢いという考え方のもと、ルールを恣意的に取り扱うのである。こうした仮説をさらに拡げていけば、「マナー」についても同じことが言える。別にいつもマナーを守らないわけでもない。彼らはただ、その都度、自分たちにとって「有利か不利か」の判断で、マナーを守るか守らないかを決めているのだ。

 ・・・<『中国人の正体』、p32~p34から抜粋開始>・・・

 “ずる”賢いという概念はない

 道教的考え方を持った中国人の行動原理は、神道や仏教の世界の中で育った日本人とまったく異なる。ベネディクトが指摘するような日本人の「恥」の意識にしても、神道の重んじる「心の清らかさ」にしても、中国人の目から見れば無用の長物であり、利益を最大化する上で邪魔なものを重んじる理解不能な民族だと感じている。逆に、日本人の目から見れば、中国人はなんと欲の深い、ずる賢い民族なのだろうと思っている人も多いはずだ。日中両国民間のこのような感覚の隔たりは、まさに異なった思想と文化から生じる超えられない溝と言える。
 たとえば、中国人には「賢い」という概念はあっても、「ずる賢い」という概念はない。日本でなら非難されるべき「ずる賢い」言動が、中国では逆に「賢い」と称賛される。
 というのも中国人の間では、日常会話の中で「あいつからこれだけ騙し取った」ということが、自慢話として語られる。「騙し取る」というのは「賢い」ことなのだ。日本人でも他人から騙し取る人間はいるが、さすがに自慢話にはならない。
 私が日本に来たばかりのとき、日本人が「ずる賢い」という言葉を使うのを見て、「なんで日本人はわざわざ『ずる』という言葉をつけるのか」と違和感を感じたものだった。
 また、日本人はスポーツなどでよく「無欲の勝利」という言い回しをする。これも中国人からすれば不思議な言葉だ。「無欲なんて何をアホなこと言ってるんだ。人間は欲がすべてだろう」というのが、中国人の考え方である。ほかに、日本人は「そんなことは俺の美学に反する」という言い方もするが、中国人からすればこれも「何が美学だ。一文にもならないのに」ということになる。
 日本と中国では、「恥」という同じ言葉でも、解釈が違う。日本では尊く重要な言葉だが、中国では「バカ」としか映らない。
 今、日本に溢れているさまざまな中国論は、日本人の思想の定義で理解し、中国を解釈しようとしている。しかし、それではまるで意味がない。日本人の理解する道徳心で、中国人の道徳心のなさを解釈、批判しても何も解決できないのだ。中国人からすれば、道徳心の欠如は悪いことではない。そもそも道徳心は要らないものだからだ。
 日本人には理解に苦しむ世界かもしれないが、中国人にとってはそれが当たり前のこと。まずはその「当たり前」を直視しなければ、中国人を理解することはできないだろう。

 ・・・<『中国人の正体』、p36~p44から抜粋開始>・・・

 路上で倒れている老人を助けない
 「利」を基準する中国人の行動原理を考えると、共感はできないにしても、ある程度彼らの行動を理解することはできる。本章では、中国人の個々のエピソードを見ていこう。
 中国人の道徳倫理の欠如について、ある象徴的な事件がある。
 2006年11月、南京市内のバス停留所で倒れていた老女を彭宇(ほうう)さんという若者が助けた。すると、驚くことに老女は、「私を押し倒したのはお前だ。責任を取れ!」と言い出して、助けてくれた彭さんを相手に訴訟を起こした。人助けをしたのに、逆に損害賠償を請求されてしまったのである。
 この事件は中国では有名で、事件以来、中国では老人が倒れていてもみんな知らんふりをするようになってしまった。人の親切を悪用して利益を得ようとする老女もひどいが、その話を聞いて「下手に助けたら損をするから」と、倒れている老人を見捨てる中国人も徹底している。「良心」とか「恩を感じる」ということは、どうでもいい世界になっている。
 そのため、こんな悲劇も起きた。広東省広州市で老人が卒倒したが、路上に老人が2時間も倒れているのに誰も助けようとしない。結局、老人は死んでしまった。
 まだある。老女による損害賠償請求事件が起きた南京市で、後日、別の75歳の老人がバスから降りるときに転倒した。誰も助けてくれないので、その老人は仕方なくこう叫んだ。
 「間違いなく自分で倒れました。みなさんの責任ではないから、助けてください」
 老人を大切にするという当たり前のことすら実行できないほど、中国では人間不信が深刻になっている。道ばたで倒れている老人でさえ、自分を罠にはめようとしている「敵」ではないかと疑心暗鬼になる世界が広がっている。

 「譲ったら損をする」が生む交通渋滞

 中国ではよく道路が渋滞するが、単に交通量が多いという問題だけではない。本来なら、みんなが走る順番を守れば、比較的渋滞にならずに、多少は遅れても車はスムーズに走ることができるだろう。しかし、「俺が一番先に通りたい」と「譲り合いの心」がないため、結果的に渋滞になってしまう。
 北京市内の道路ではよく次のような光景が見られる。交差点などである車が割り込むと、割り込まれた車がその車を追い抜いて割り込み返す。そういうことがあちこちで行われて、最後には道路全体がぐちゃぐちゃになってしまう。誰も譲らなくなって、クラクションが一斉に鳴り響くという、非常に醜い光景が広がっている。
 彼らの考え方は、「譲ったほうが損をする」「譲ったほうがバカ」ということに尽きる。だから、誰も道を譲らない。そして、結果的にどの車も走れなくなり、渋滞になる。それでもやっぱり誰も道を譲らないという、末期的な状態に陥っている。

 人の列に割り込む明快な理由

 05年に開園した香港ディズニーランドや、10年に開催された上海万博でも、アトラクションやパビリオンの列に割り込むなど、中国人のマナー違反が問題となった。日本でも何度も報道されたので、記憶にある読者も多いのではないだろうか。
 中国人がマナー違反を堂々とするのは、要するに効率の問題だ。広大なテーマパークにある多くのアトラクションを「わざわざ遠くから観にきているのだから、1日券でなるべくたくさん観たい」と考えるのは、日本人も同じだ。そういう欲求自体は、別に悪いことでも何でもない。
 そのためにはどうしたらいいか。中国人の導き出す結論は明快だ。
 「みんなは列に並ぶけれども、列に並ばずに割り込めば、もっとも効率良くすべてのアトラクションを見て回ることができる」と考えるのである。本来なら、ディズニーランドも万博も広い会場なので、1日ではとても回り切れない。
 日本人なら、待ち時間の少ないアトラクションから先に回ったりと、ルールやマナーの範囲内で工夫しながら、なるべく多くのアトラクションを回ろうとする。
 それが中国人の場合には、列に並ばずにどうやって割り込むか、という方向に「知恵」が発揮される。中国人の多くがそう考えるので、結果的に列がぐちゃぐちゃに乱れ、会場のあちこちで大混乱になるというわけだ。

 タクシーは殴り合ってでも先に乗る

 「自分だけが列に並ばなければ、一番効率がいい」のは、中国人でなくても誰でも知っている。ただ、それを実践しようとする人は少ない。
 たとえば、東日本大震災が発生した11年3月11日、都内にいた私は、電車が止まって帰宅困難となった人の列に2~3時間ほど並んでタクシーに乗った。もし割り込んでいれば、10分ほどでタクシーに乗ることができただろう。
 しかし、日本人は、決してやろうとはしない。非常時であっても、「列に並ぶ」というルールをきっちり守る。
 中国では、普段からタクシーの列に並ばない。われ先にと、乗客が殺到し、タクシーを取り囲んでしまう。自分の欲求を満たすことだけを考えて行動するのが、中国人なのだ。
 かと言って、バブル時代の日本のように、万札を見せびらかして、オークションのようにタクシーを取り合うこともしない。人より高いお金を出してタクシーに来るのではなく、あくまでも安いお金で自分だけがタクシーに先に乗りたいと考える。中国人にとっては、「人より多くお金を出した人が乗る」というルールでは、お金を損してしまうので、そんなルールを守るようなことはしない。
 ときには、タクシーを取り合って殴り合いのケンカをすることもある。ほかの人を力づくで排除すれば、自分が早くタクシーに乗れると考えるためだ。
 バス停でも最初はみんな並んでいるように見えるが、バスが到着するやいなや、力のある人間が割り込んで当然のように席に座る。同じようなことは北京市の地下鉄でも起きていて、人々は電車のドアが開くと、入り口に殺到する。力のない老人は、とても地下鉄で座ることはできないのだ。
 ただ、中国にも「博愛座」と書かれた優先席はある。最近は若者が席を譲るシーンをよく見かけるようになったが、もし優先席を譲らないようなことがあれば、老人も負けていない。10年7月に四川省宜賓(ぎひん)市でバスに乗車してきた老人が優先席を誰も譲ってくれなかったことに腹を立て、「譲るまで動かない」とバスの前に立ちはだかり猛抗議する事件があった。ほかにも、席を譲らない若者に対して、老人がその若者の上に、あえて座るといったことも起きている。

 暴力で問題を解決しようとする

 マナー無視、ルール無用の社会では、暴力による「問題解決」は有効な手段として日常化している。
 10年5月、広州市の白雲空港で集団暴力事件が起きた。暴雨のために大量の欠航・遅延が発生し、足止めされた一部の乗客が不満を募らせて暴れ出したのである。彼らは電話設備や安全検査設備を壊したり、航空会社の係員を殴ったりした。負傷した係員は十数人にものぼったという。
 悪天候の影響で乗客が空港で足止めされる事態は、世界中の空港で起こりうることだ。しかし、ほかの国であれば、集団で空港設備を壊したり係員に暴力をふるったりすることはない。白雲空港の事件は、中国特有の現象だ。
 また、インテリとされる人たちも暴力事件を起こしている。10年4月には、北京市内の藍旗営(らんきえい)駅で、清華大学の卒業生と北京大学の教授が切符の購入をめぐって殴る蹴るの乱闘騒ぎになった。同年5月には、北京航空大学の教授夫妻が、お互いに凶器を持ち出して切りつけ合う「夫婦げんか」を起こしている。
 文明社会が形成されて以来、人間同士の諍いや争いはつきものだ。そのため、道徳倫理に基づいたルール・マナーによって人間同士のトラブルを解消する。
 ところが、道徳倫理が失われた中国では、「暴力」というもっとも原始的で短絡的な手段を用いて人間同士のトラブルを解決しようとしてしまう。
 「公平なルールを決め、社会全体に利益が行き渡るようにする」というのが日本人や欧米人の考え方だが、中国人は「強い者が誰か一人だけ利益を独占すればいい」と考える。しかも、「自分こそがその利益を独占できる一人なのだ」と思い込む。
 一方で、「俺がルールを守っても、他人が守らないのだから、ルールを守れば損をする」という感覚もある。他人への信頼がないので、ルールを守らずに「俺が俺が」となっていくのである。

 ・・・<『中国人の正体』、p63~p65から抜粋開始>・・・

 飛び降り自殺の現場には屋台が出る

 自分さえ良ければいいという感覚は、生命全般への軽視にもつながっている。
 たとえば、誰かがビルの屋上から飛び降り自殺をしようとする。たいてい、飛び降り自殺する人は逡巡(しゅんじゅん)するので、なかなか飛び降りない。「死ぬ死ぬ」と言いながらも、踏み込む勇気がないので、その場でずっととどまることになる。
 中国では、そういう光景が繰り広げられると、ほかの中国人はビルの下に集まってくる。それは、助けるために集まってくるのではない。みんな、飛び降りる瞬間を見ることを楽しみに集まってくるのだ。野次馬的に集まることは日本でもあることだが、誰も飛び降りる瞬間を楽しみにはしていないだろう。
 老人などは、ずっと立って待ち疲れると、椅子を持ってきて座って飛び降りる瞬間を待ちわびる。カメラを用意して、飛び降りる瞬間を撮ろうとする者もいる。しまいには、なかなか飛び降りないと、「早くやれ! 待ちくたびれたぞ」と催促する。
 一方、それだけ人が集まると、どこからか屋台もやってきて、商売をはじめる人まで出はじめる。飛び降り自殺は、中国人にとってちょっとしたイベントなのだ。
 中国人による生命軽視のエピソードは、ほかにもたくさんある。
 遼寧省葫芦島(ころとう)市で16歳の少年が、池の周りを歩いていたところ、足を滑らせて転落してしまった。池で溺れて沈んだ少年を、カナヅチの父親は池の中に入って懸命にわが子を助けようとした。しかし、泳げないのでなかなか見つからない。
 その父親の様子を、池の周りでは何十人もの人たちが傍観していた。父親はその人たちに「助けてください。一緒に探してください」と頼んだが、誰も手を貸してくれない。その結果、少年が見つかったときには、すでに息絶えてしまっていた。
 浙江省杭州市では、13歳の少年が自転車に乗車中、心臓発作を起こして、転倒、そのまま動かなくなってしまった。周りの人間は、少年を助けようとはせず、処置の遅れたその少年は、死んでしまった。
 広州市では、ある少女が車にはねられ、運転手はそのままひき逃げして走り去った。少女は何とか自力で起き上がり、周りに救助を求めたが、みんな見て見ぬふりをする。しかたなく少女は、自力で家まで帰るしかなかった。

 江蘇省泰州市で、合計1500キログラムのスイカをたくさん積んだ車が事故で転倒した。周りの人が集まってきたが、運転手を助ける様子はない。みんな、散乱したスイカを勝手に拾って、持ち去ってしまった。潰れていないスイカは、あっという間にすべて持ち去られたという。




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シナ人の怖さ?特技? それは人を簡単に殺せることである。

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2015年 先行投資300万円
2014年 先行投資300万円
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